Research

流速がチンアナゴに与える影響

水族館やダイビングで人気の生物『チンアナゴ』。砂に体を入れたまま流れるプランクトンを捕食する独特な生活様式は、流れ×行動研究の格好の対象である。そこで、回流水槽を使った実験でチンアナゴの流速の変化への適応を調べている。

魚の摂食行動

魚の摂食行動は、成長と繁殖に利用するエネルギーを得るための手段です。そのため、現在まで様々な研究がなされてきました。研究によって摂食行動は、流れ、餌密度、光の強さ、餌の大きさ、捕食者の存在など様々な要因によって変化することが分かってきました。

reef fish

中でも流れが与える摂食行動への影響は大きく、魚は流速が速いと餌を探す範囲が小さくなったり、使うヒレの種類を変えたり、隠れ家を利用したりします。

しかし、これらの研究は主に海や川に住む泳ぐ魚を対象にしています。泳ぐことのできる魚たちは泳いで60%以上も流れを軽減すると言われる珊瑚の隙間などに隠れたりすることができます。一方でチンアナゴのような珊瑚礁辺縁部に住み、巣穴以外の隠れ家を持たない魚は流れに対処した独特な摂食様式をもつことが想像されます。

チンアナゴの摂食行動

このようなことから、チンアナゴを対象として、流速が与える摂食行動への影響を明らかにすることを目的として研究をしています。チンアナゴ(Gorgasia sillneriという種)の流速と摂食行動の関係はKhrizmanら(2018)に紅海で初めて研究されました。研究では高流速下でも摂食率が落ちず、シミュレーションによって流速に対して姿勢を変化させることで抵抗を大幅に減らしていることが分かりました。

ただし、この研究はフィールドで実施されたものであり、流速以外の影響を排除できないなどの理由から、実験下での研究が待たれました。

研究の概要

私たちは流速を自由に変化させることができる「フルーム」と呼ばれる下の画像のような水槽を使うことでチンアナゴ(英名:spotted garden eel, 学名:Heteroconger hassi)の摂食行動に与える流速の影響を実験下で詳細に調べています。

研究は様々な分野の研究者が集まる沖縄科学技術大学院大学(OIST)で行われ、「流れ」という物理的要素が与える「チンアナゴの行動」という生物への影響を調べる分野横断的研究になっています。

 

flume

 

時間あたりにどれくらいの数のプランクトンを食べたかを表す摂食率を調べるほか、摂食行動は3次元空間にチンアナゴの行動を再構築することで詳細な調査を可能にしています。

摂食行動の3次元再構築

行動の3次元再構築は体のトラッキングと3D再構成の2つから成ります。行動学の世界ではトラッキングはビーズなど目立つもので動物を標識して、それらをソフトウェアを使って追跡するのが主流でしたが、チンアナゴを標識するのは容易でない上、標識そのものの影響も考慮しなければいけません。そこで研究では撮影したビデオの中でチンアナゴの特徴的な点(目や大きい黒点など)を1フレーム1フレーム追跡します。これは手動で行うには途方もない作業になります。そこでディープラーニングを利用して標識なしで体の特徴を追跡するPythonパッケージ、DeepLabCutを利用してこれを自動化しています。

 

 

人間の目は2つあることで視覚情報を3次元に捉えています。3D再構成では複数のカメラをキャリブレーションすることで、それぞれのカメラの位置情報などを捉え、こうしてそれぞれのカメラで追跡した点を3次元空間に再構成します。こちらはMatlabのdltdvを使用しています。

 

 

このように行動の3次元再構築を行うと、餌を追跡した時間、距離、速度、角度、軌跡など様々なパラメーターを定量的かつ詳細に調べることができます。これらのパラメーターは採餌モデルを作成する際にも重要になります。こうした詳細な行動解析によって、チンアナゴでは何がどのように他の魚と異なるのか、流れの中で有利に働いている行動は何かなどを明らかにしようとしています。

研究結果

こうして研究をした結果、チンアナゴに独特な流速への適応が見えてきました。研究結果はJournal of Experimental Biologyに掲載されています。

初めに、流速は一定でプランクトン密度を変化させて摂食率を調べたところ、摂食率はプランクトン密度に正比例することが分かりました。この結果は他のプランクトン食性魚と同様で、チンアナゴもプランクトン密度が極端に高くなるまでは、摂食行動を維持してより多くのプランクトンを食すことができることを示します。一方、プランクトン密度は一定で異なる流速で摂食率を調べたところ、0.15 m/s までは摂食率を維持し、0.20 m/sで減少することが分かりました。このように高い流速で摂食率が減少し、摂食に最適な流速が存在するのは他のプランクトン食性魚と同じですが、多くの魚では0.15 m/s以下で減少が起きるため、チンアナゴはより広い範囲の最適流速を有することが分かりました。また、時間あたりに流れてくる餌の量が増えているにも関わらず摂食率を増加させられていないため、流速の変化が行動に影響を与えていることが示唆されました。

fig1

そこで、行動の変化を定量的に評価するため、実験中に撮影した動画から行動を3次元再構築し、まず摂食パラメーター・巣穴の外の体長を調べました。摂食パラメーターとしては餌を認識した時から餌を捕まえた時までの時間と距離の平均(摂食時間・摂食距離)を調べました。すると、長さ・摂食時間・摂食距離は流速の上昇に従って減少していました。このことから、より速い流速下ではより狭い範囲に集中して、餌の認識効率を維持していることが示唆されました。

fig2

また、VeDBA (Vectorial Dynamic Body Acceleration) と呼ばれる酸素消費量と高い相関を持つパラメーターを調べると流速の変化に関わらず一定であることが分かりました。流速が速くなれば、姿勢を維持するためにより多くのエネルギーが消費されると想像されましたが、実際には変化していませんでした。これは何故かを説明するために、チンアナゴのそれぞれの流速での姿勢から体にかかる抵抗を計算したところ、速い流速下で穴の外の長さを短くしてして、体をかがめることで、大きく上昇するはずの抵抗をわずかな上昇にとどめていることが分かりました。

さらに、穴の外の体の長さが摂食に強く関わっていることに着目し、体の長さを半円の半径とし、半円を通るプランクトンを全て食べていると仮定して摂食モデルを作りました。摂食モデルの結果は実験結果と良く一致し、チンアナゴの摂食様式を理解する一助となりました。

fig3

以上の結果から、チンアナゴたちは穴に体を入れたまま摂食行動するという独特な生活様式を生かして、他に競争相手が少ない隠れ家のない砂地で効率よく餌を食べていることが分かりました。この研究は沖縄科学技術大学院大学プレスリリース産経新聞ニュース読売新聞など様々なメディアから注目を浴び、Journal of Experimental Biologyの月間閲覧数で一時3位を取るなど、大きなインパクトを残しました。